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NHK『新日本紀行』の思い出 [テレビ]

新日本紀行1.jpg ぼんくらオヤジは20才代のほとんどを海外放浪で費やした。旅先で不法労働をしては滞在期限ギリギリに他国へ出国することを繰り返すという文字通りのボヘミアンだったのだ。別に目的があったわけでもない。当時はバッグパッカーと呼ばれるバッグパックを背負って超低空予算で旅をする若者が多くいて、ぼんくらもそれに倣ってフラついているに過ぎなかった。
 そんな生活が身について何年目かの冬のことだ。ぼんくらは久しぶりにのんびりしたクリスマスを迎えたくなってフランスの伯父の家に転がり込んだ。伯父はすでに他界していたので、伯母と従兄弟たちが歓待してくれた。
新日本紀行2.jpg 滞在中、日本語の読めない家族に代わって伯父の遺品の整理を任されたぼんくらは、書類に挟んであるドーナツ盤のレコードを見つけた。NHK『新日本紀行』のテーマ曲。古びた茶封筒に無造作に放り込んであって、表には万年筆で「我が後悔」と記されていた。どういうことだろうといぶかりながら、部屋のプレイヤーにレコードを載せて針を落とした。
 何度も聴いていたんだろう。レコードは傷んでいてノイズは多かったけど、あの朗々とした音楽が部屋に流れ始めた。側の窓からはリジューの美しい街並みが広がってみえる。
「伯父さん…」
 突然、込み上げるものがあってぼんくらは嗚咽した。伯父が茶封筒に書かざるを得なかった言葉の意味が了解できたのだ。何の不思議もなかった。伯父もこの場所で窓の外を眺めながら日本を"聴いていた"のだ。
 音を聞きつけて部屋に入ってきた従弟が、取り乱したぼんくらを介抱しながら訊ねた。
「これ、なんて書いてあるの?」
 手に持った茶封筒を見ながら一瞬、狼狽えたんだけど、心の中で十字を切りながらこう答えた。
「私の大切な思い、だって」

新日本紀行3.jpg 『新日本紀行』は昭和38年(1963)から昭和57年(1982)まで放送されたNHK総合テレビの番組だ。日本初の本格的な紀行番組で、日本各地の原風景やそこに生きる人々を丹念に収録していて、映像資料としても極めて価値が高い。テーマ曲は富田勲が担当している。現在では『新日本紀行ふたたび』が放送されている。


■新日本紀行のテーマ 富田勲&千葉県少年少女オーケストラの素晴らしい演奏です■



■新日本紀行 「SLふるさとに帰る 国鉄山口線」1/2 1979年■



■新日本紀行 「SLふるさとに帰る 国鉄山口線」2/2 1979年■



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ファジー

新日本紀行の音楽は素晴らしいですね。
幼い時からひとつの番組のタイトル曲として何気なく聞いていましたが、すっかり体に沁み込んでしまった感じがあります。
タイトルを見ただけでも拍子木の音色が胸に迫り、実際耳にすると、たちまち感涙に咽ぶ心持にさせます。
平和で長閑な古きよき時代の「昭和」を感じさせる名曲だと思います。


大阪万博のものは、たしかオープン直前のものではなかったでしょうか?

SL故郷に帰る・・・何度みたことでしょうか・・・名作です。



by ファジー (2009-11-05 17:25) 

みゆきママちゃん

おフランスで暮らした事があるのか~
学が違うと思った
何て頭の良い人なのだと思ってました
やっぱり・・・
男前ですね(*^^*ゞ
by みゆきママちゃん (2009-11-05 17:45) 

斗夢

「新日本紀行ふたたび」を見ています。
タイトルに出てくる音楽がいいですねぇ!
by 斗夢 (2009-11-05 18:22) 

ixion

ぼんくらオヤジさん、バックパッカーだったのですか?
それはいい経験されましたねぇ。
うらやましいです。
知り合いの先輩がやっぱり同様の経験をして、
言ってました。
「価値観変わるから、絶対行ったほうが良い」って。
やっぱり価値観変わるもんですか?

新日本紀行は地味な雰囲気であまり見た記憶がないのですが、
確かに昭和を振り返る上で、貴重な資料ですね。

昭和は私達世代の心に多くを刻み、静かにフェードアウトしていってます。
街を見ても、思い出の風景が次々に変わってゆく。
変化が良いのか悪いのかは別にして、私達自身もフェードアウトするようで少し寂しい気もしますね。

テーマ曲が富田勲だったのは初めて知りました。
富田氏は当時、大河ドラマや手塚アニメでも大活躍でしたね。

by ixion (2009-11-05 20:12) 

o_hiro

新日本紀行のこの曲良いですよ!これを聞くと本当に
番組の色々なシーンが思い出されます。
NHKの番組音楽の中でも代表的な音楽だと思います。
NHKの番組音楽と言えば、喜多郎のシルクロードも同
じく良かった!
NHKでは無いけれど、姫神も好きでした。

バックパッカーか、やってみたい気もしますが、・・・。
合わないのかな。私には。


by o_hiro (2009-11-05 21:10) 

ぼんくらオヤジ

@ファジーさん、きっと「SLふるさとに帰る」はご覧になってると思いました。ぼんくらも下見をして感動したんですが、そうでしたか、鉄道ファンから見ても名作なんですねぇ。クオリティの高さは新日本紀行のとくちょうでもありますね♪

この名曲に歌バージョンがあるのはご存知ですか? 琵琶奏者の坂田美子さんが歌っているんですが、これもなかなか味わいがありますよ^^ 次のサイトで聴くことができますので、もし関心がおありでしたらどうぞ♪
http://www.nhk.or.jp/archives/kikou/music/index.html


by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 21:41) 

ぼんくらオヤジ

@みゆきママさん、おフランスは長期滞在で暮らしたことはないざんすー。就業か就学ビザが取れてないと、例えば西ヨーロッパなら3ヶ月のビザなし滞在が上限になるので、それ以前に一回は出国しないとダメなんです。ぼんくらの場合は、ケルンかウィーンの大学に籍を置いていたので、ドイツかオーストリアを拠点にあちこちに出張(?)してました。ある時期からは妹がスイスに、弟がイギリスにいたので、転がり込むところには事欠かなかったので、いやー、やりたい放題してました^^; 頭の出来は並みですからね、あしからず!

もう二度と「男前」発言は致しませんでゲス^^;;; どうかお許しを~~~
by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 21:58) 

ぼんくらオヤジ

@斗夢さん、ホントにいい音楽ですよねぇ!  日本が「うまし国」だって気持ちに自然となれる不思議な音楽じゃないでしょうか^^
by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 22:12) 

スクムビット

私もそうですが、大多数の日本人は日本で生まれ、暮らして日本で死んで行きます。そういう日本人にとっては日ごろ祖国という単語さえなかなか思いつかないものです。

しかし海外で暮らす方々にとっては、記憶の中にある新日本紀行で放映していた田んぼや畑、暮らす人たちの姿が祖国そのものだったんでしょうね。

アジアを旅行して、日本軍の痕跡を見ると、このアジアの田舎の空の下で帰国することが出来ない境遇の中、祖国のことを思いつめていたに違いないと感じることはあります。

スクムビット
by スクムビット (2009-11-05 22:14) 

課長

私にとってもこの番組は父の思い出ですね。(まだ生きてますが)
欠かさず見ていたので、私も一緒になんとなくですが見ていました。テーマ音楽はよく憶えています。いつか日本中旅してみたいなんてのは、やっぱり夢ではありますが、案外こういった子供の頃の記憶が根底にあるのかもしれません。
by 課長 (2009-11-05 22:32) 

ぼんくらオヤジ

@ixionさん、バッグパッカーと価値観の問題でしょうか。そうですねぇ…、ぼんくらに限った話としていえば、日本で支配的なな常識から自由になれたと思っています。人とは、男とは、女とは、若者とは、年寄りとは、妻とは、夫とは○×△である。人生とはあーであり、こーである。あんなことをするなんて人として許せない!なんていう以前からあるジョーシキから、勝ち組負け組などの最近発生したジョーシキまで、そういうもので自分や他者を計るような在り様から解放されましたね。結果、そうした目で自分を見る他者の視線がホントに気にならなくなりました。これは大きな収穫でしたが、反作用として、そういうジョーシキを受け入れさえすれば居心地の良かったはずの居場所を失った気もします。痛し痒しですね(笑)

仰る通り、フェードアウトするのは景観だけではありませんね。我々もそうなんですよね。我々が慣れ親しんできた人々が次々に世を去っていますが、実は彼らの喪失は、とりもなおさず「私」自身の輪郭がぼやけ始めた証左でもあるんでしょう。これが知人に、肉親に、友人に及ぶに至って私の実体はいよいよぼやけ、やがて自身の死でブラックアウトすることになる。フェードアウトの寂しさは「私」自身が消えゆくことへの恐れと寂寥感なのだとぼんくらは考えています。
by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 22:41) 

ファジー

ああ・・・この歌詞・・・何度か聴いたことがありました。
新日本紀行の番組内でも使われていたことがあったのではないでしょうか?
実に曲と上手にシンクロしていて、歌詞も味わいありますね。


by ファジー (2009-11-05 22:53) 

ぼんくらオヤジ

@o_hiroさん、ホントに美しい曲ですよねぇ^^ NHK関連だと、富田勲の他には喜多郎も忘れるわけにはいきませんね。あとは武満徹! 今にして思えば、凄い顔ぶれで音楽を作ってたんですねぇ♪

バッグパッキングは価値ある旅行のあり方だと思いますが、なにせ体力と気力とある種の無鉄砲さが必要です。たぶんこのスタイルは若者に譲ったほうが賢明でしょう(笑) 心身がボロボロになるのは必至ですから^^; どこか一つ処にじっくり腰を落ち着けて、その土地の風土や文化を堪能するなんてのはどうですか?
by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 22:55) 

ぼんくらオヤジ

@スクムビットさん、仰る通りですね。なにも付け加えることはありません。ぼんくらの伯父が見ていたものも正にそれだと思います。羊皮紙文書の修復という日本では活かしようのない技術を生業としていた上に家族もありましたから、彼に日本に戻るという選択肢はありませんでしたが、やはり厳しい葛藤があったのだと思い知らされました。特に今のように簡単に行き来できる状況ではありませんでしたし。今の我々には計り知れないほど、祖国は遠かったんでしょう。まして異境の戦場にあって迫り来る死を覚悟したであろう日本兵のお気持ちを思うといたたまれませんね。
by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 23:17) 

ぼんくらオヤジ

@課長さん、お父様のエピソードからは本当に実直で温かい父親の姿が浮かび上がりますね^^ 子の親となってみて、心底、深い敬意を覚えます。

ぼんくらは伯父の家で、この音楽が自分の心の奥底に根ざしているのを知って驚かされました。きっと課長さんの心にもしっかり根付いているんじゃないでしょうか。いいですねぇ、日本をじっくり旅して回るなんて^^ 新日本紀行がそもそもそうなんですが、決して美しい絵になる日本を探し歩くのではなく、例えば昨日の西六郷の町工場で働く人々とその光景を描くように、日本に住む人々へのオマージュなんですよね。そういう視線で旅をすれば、きっと行く先々で巡り会えるものがあると思います。その節はぜひ、ブログで…(笑)
by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 23:40) 

ぼんくらオヤジ

@ファジーさん、早速、聴きに行ってくださったんですねぇ、ありがとうございます♪ お聴きになったことがありましたか。どうやらこれが現在の『新日本紀行ふたたび』のテーマ曲になってるようですね。今度しっかり番組を観たいと思います^^
by ぼんくらオヤジ (2009-11-05 23:46) 

peace9314

心に響きますね♪ (Y∪。∪Y)。。歌
by peace9314 (2009-11-05 23:55) 

井上酒店

ぼんくらオヤジさんの新たな一面を垣間見ましたね。凄い二十代を過ごしたんですね。それは今でも凄い財産になっているんじゃないですか?海外で暮らす伯父さんからすれば、NHKの新日本紀行は日本を思い出す一つのキーワードだったんでしょうね。今ならネットでも日本のテレビやラジオが聴けるでしょうが、昔はそうはいきませんもんね。凄く貴重なお話がきけて、凄く幸せな気分です。
by 井上酒店 (2009-11-06 00:06) 

ぼんくらオヤジ

@peaceさんは歌のほうをお聴きになったんでしょうか^^ 聴いてない方のために歌詞だけですが紹介しますね♪(サウンドを聴きたい方は上の方にあるファジーさんへの返信にリンクが貼ってあります) 歌っている坂田美子さんの作詞です。

いにしえ息づく 時の道で
変わりゆくもの 変わらぬもの
たどり めぐりて ふたたび出逢う
面影を この心に
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 00:10) 

ぼんくらオヤジ

@井上酒店さん、だいぶ後になって父にレコードのことを話したら「弟に渡したのは僕だ」と言ってました。苦しそうな顔で「余計なことをしたかもしれない」とも。話さなければよかったと本当に後悔しました。戦後まもなく10代で誓願を立てて修道士となって渡仏し、30を前にして修院を去って結婚。45才で事故死するまでに日本に戻れたのは4度程度だったと思います。どんな思いでこの曲を聴いていたのだろうかと思うと今でも胸が苦しくなります。母語も時として上手く話せず、兄(ぼんくらの父)とはラテン語で意思の疎通をすることもあった伯父。彼にとっての祖国とは何だったのか。同じく海外で暮らす弟妹のことを重ねながら、伯父のことを思い起こす昨今です。
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 00:58) 

ujiny

冨田勲さんといえば新日本紀行のテーマ曲ですよね。昭和の人なら誰しも郷愁の中に引き込まれます。私も一人で聞くと目頭が熱くなります。
ある日、カーペンターズのレコードを買おうと、お年玉握りしめてレコード屋に、斬新な宇宙船のイラストのジャケットが目に止まり一緒に買いました。ジャケ買いというやつね。『惑星』というタイトルでシンセサイザー音楽。宇宙に旅立ち二度と故郷に帰れなくなってしまう体験ができる貴重な作品なんです。これ、相当後になって知ったのですが、演奏編曲が冨田さんでした。というより、新日本紀行とか大河ドラマのテーマ曲作曲者と同じ人とは知らなかったのです。
組曲惑星の原曲がホルストさん、最近歌手がアレンジして歌にしてました。たぶん、彼女が冨田さんの惑星を聞いていたら歌にしていなかったと思う。
by ujiny (2009-11-06 01:37) 

tateichi

「新日本紀行」、'60年代は父が観ていて一緒に、'70年代は自分の意思で観て、'77年からは社会人になり、~'80年代は「シルクロード」と共に録画をして観ていました。
冨田勲、喜多郎、オカリナ奏者の宗次郎、良かったですねえ。
by tateichi (2009-11-06 02:08) 

Milu

日本から離れて暮らしているから、日本の事が良く見えるんですね。
悪い点も、良い点も。。。^^
19年になりますが、日本の祖国を心から愛す事ができます。
若い人がアメリカやヨーロッパに憧れ、髪の毛を染めてみたり・・・
海外に住んでいると何故か、自分は日本人だという事を強調したくなります。
着物を来て舞台で歌った事もあるんですよ。^^*
イタリアに住んでいる事は後悔していませんが、本当に日本人は他国と異なる特徴在る国、誇り持てる国だと思っています。
イタリア人の多くの方も、とても日本に興味を持っているんですよ。
嬉しい事ですわっ。
何だか、今日はじ〜んときます。^^;
by Milu (2009-11-06 05:45) 

ケセパタちゃん

レセプトの提出日なので、朝からバタバタ印刷やら計算やら・・・
忙しいのに。ぼんくらオヤジさんを覗いてしまった。
いろいろコメントしたいのに、時間がない!ごめんなさい。今日はこのへんで失礼します。実家の居間を思い出させる曲です。
by ケセパタちゃん (2009-11-06 07:10) 

ぺんちゃん

新日本紀行確か夜7時30分だったと思います。曜日は忘れたけど^_^;
父がちょうど家にいるときは必ず新日本紀行見ていました。音楽懐かしいです
一度、学校に提出するために、(何でかは忘れましたけど)新日本紀行の番組の感想文を書いたことを思い出しました。
by ぺんちゃん (2009-11-06 13:29) 

BlogPetのぼんくら雪之丞

きのうぼんくら雪之丞が、旅するつもりだった。
だけど、ぼんくらとか労働すればよかった?

by BlogPetのぼんくら雪之丞 (2009-11-06 14:35) 

ぼんくらオヤジ

@ujinyさん、富田勲の『惑星』ですよね。リリースが昭和52年(1977)なんですねぇ、そんなに昔だったのかと今さらながら驚いています。それでも彼のシンセサイザーのアルバムとしては4枚目ってことですから、彼の先見性には唖然とさせられますね。当の日本ではほとんど忘れられてますが、YouTubeをみると外国の人達が依然として富田の『惑星』に高い評価を与えているのがよく分かります。さすがにビルボードやキャッシュボックスで1位になったアルバムですねぇ^^
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 16:55) 

ぼんくらオヤジ

@Miluさんはこの話題と直接の関係がありましたね。後悔をしていらっしゃらないとこのこと、心強く嬉しく拝読しました^^ 今のような状況だったら「後悔」という言葉を伯父は残したろうか、と思うこともありますよ。

ぼんくらが初めてフランスに行ったのは伯父の結婚式に参加するためでしたから昭和37年だったと思います。3才でしたから記憶はあんまり無いのですが、後で聞いた話では、日本人が土地の女性と結婚するというだけで地元の新聞には載るわ、式に市長が出席するわのお祭り騒ぎだったようです。それだけ当時のフランスから見ると日本は「遠くて遠い国」だったんでしょうね。ティーンで親元はおろか祖国から離れた伯父には、逆に強い祖国への憧憬が膨らんでいたのかもしれません。

もっとも今ですら、日本人が思っているほど、日本への理解は深まってはいませんよね(笑) ぼんくらも渡欧の度に辟易とさせられます。Miluさんのような在欧邦人の皆さんには期待するところ大ですね。お手伝いの出来ることがあったら何でもしますから、よろしくお願いしまっせ!
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 17:37) 

ぼんくらオヤジ

@ケセパタちゃんさん、今日は忙しかったようですね! もう一段落しましたか? 忙しい中もご訪問を頂き感謝です♪ 「実家の居間」! ぼんくらオバンと同じ感想でビックリですね(笑)
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 17:39) 

ぼんくらオヤジ

@ぺんちゃんさん、仰る通りで昭和39年(1964年)から昭和52年(1977)までは午後7時半からの放送でした。曜日は月曜日でしたよ♪ たしかに学校の教材としては最適だったかもしれませんねぇ^^
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 17:48) 

ぼんくらオヤジ

@雪之丞、なんでお前が旅して、ぼんくらは労働なんだ^^;
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 17:49) 

わか

記事を読んでいたら、画家の藤田 嗣治が頭をよぎりました。

この曲を聴くと、おじいさんの家を思い出します。
三和土の土間があって、掘りごたつで、
お風呂は五右衛門で、ご飯は釜戸で炊いていました。
掘りごたつに足を入れると、いつも猫が居て、
その上に足を乗せて遊んだり・・・少女オーケストラの演奏すばらしいです。
ブラボー ♪
by わか (2009-11-06 18:08) 

ぼんくらオヤジ

@わかさん、藤田嗣治も滞欧時に心の葛藤があったんでしょうか?

おじいさんの家は昔ながらの農家だったんですねぇ。ぼんくらオバンも山梨の農家の産なんですが、生まれた時の家は、わかさんのおじいさんの家と全くいっしょだったそうです。いい思い出をお持ちですね^^ 千葉の少年少女オーケストラ、見事という他はないですねぇ! N響いらないや♪
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 21:35) 

ぼんくらオヤジ

@tateichiさん、返信したつもりがアップロードし損ねてたようです。ゴメンなさい!

どれもお父様と一緒にご覧になるにはもってこいの番組でしたね^^ 冨田勲、喜多郎、宗次郎、そして武満徹。みな昭和の一時期を築いた素晴らしいクリエイターですね。こうした人達のサウンドで育ったことは幸運でした♪ これはtateichiさんのブログで紹介されているミュージシャンの記事を拝読していてつくづく思うことでもあります♪
by ぼんくらオヤジ (2009-11-06 23:22) 

牛子

へぇ~さすが、ぼんくら神父!若い頃の素晴らしい体験ですね。
富田勲、一気に思い出しました!一頃ハマって良く聴いてた時期があります。喜太郎も…(*^^*)
by 牛子 (2009-11-07 04:35) 

ぼんくらオヤジ

@牛子さん、20才代の経験はぼんくらに大きな影響を与えました。ですが伯父の残したメッセージは、その経験に浮かれていたぼんくらにとっては極めて苦い薬となりました。弟妹と異なった選択肢を選び、日本で家族を持ち、日本語の勉強を始めるきっかけになったのは間違いのないことだと思います。

富田勲の音楽は一過性のものではないという意味と、日本を色濃く感じさせながらも異文化の人々にも受け入れられるという点で、極めてユニバーサルな音楽だといえます。YouTubeで検索をかけてみると、彼の音楽をアップロードしているのが日本人よりも海外の人が圧倒的に多かったので少し驚きましたが、よく考えてみれば当然でしたね^^
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